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南仏生活のいろいろ


by atelier-cypres
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カテゴリ:琴線に触れる言葉( 7 )

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浮雲さんの言葉~シンプルな事を真っ当に言っているところがこの方らしいきがする。


人それぞれのバランスがあって
その感覚がちょいと独特なのが音楽を選んだりするんだろうけれど
その個々の独特っぷりが音に出る
自分も出ちゃってるんだろうし出ていないと意味無いんだけど

楽器で言えば弾き方や機材に人が出る


モノの善し悪しを数値化すると解りやすくて親切
けど善し悪しって本来は個人がどう判断するかだけでしかない


情報に頼らず自分自身で善し悪しを判断するのは
はっきりとした芯が無いと出来ない
なかなか難しい
けどそこが一番大切な気がする

by atelier-cypres | 2011-03-22 01:50 | 琴線に触れる言葉
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ギタリストの浮雲こと長岡亮介さんがこのように書いていました。
この方の朴訥というか男っぽさというか私にないものというかメカ好きさというかクールさというか・・・この方の私には分からないかもしれない世界に惹かれるのであります。

以下浮雲さんのお言葉~


包丁を研いだことあります?
シャープナーみたいなああいうテンポラリーな
ものでなしにきちんと砥石で
親指で刃先の感触を確かめながら
研いだことあります?

わたくしは研いだことありません
良いなあ俺も研げるようになりたいなあと思った
研ぎの世界っていうのは深淵でしょうから
突き詰めれば色々ありましょうが
何が良いと思ったかって
毎日使う道具を自分できちんと手入れして
その効果を肌で感じながら愛用しているという
モノとの距離感

自分で研ぐことによって切れ味を取り戻した包丁で色々やる
とても真っ当な気がする
使いながらそのモノとの距離を縮めて行く感じ


浮雲さんでした。

さて、

私はモノとの距離を縮めるような人生送ってるか?

日曜にある会のお誘いで、16年住んでいるこの街、エクスの古い(17世紀)の噴水のスケッチをした。
いつもお客さんに説明して一緒に見ている噴水。
スケッチする為にココに来て初めてじっくり向き合った。
それで、色々発見!!
16年人に説明していた時よりも、30分~1時間自分が描く為にじっくり見た方が見えた!当然といえば当然だ。自分が個人的に関わろうと覚悟を決めていないと見えないものがある。
by atelier-cypres | 2011-03-22 01:41 | 琴線に触れる言葉

愛がなくちゃね

高校生の頃。
この歌詞に聴き入っていた・・・。
この中にあるように、皆と同じになることへ抵抗していたのだろう。
和レトロ調のアルバムのジャケッ写真がとても好きだったな。
実際その頃はレトロな服と小物とインテリアに夢中で。古着を漁っては全身を古着にまとう程の古着好き。
父が20代のとき着ていたステンカラーコートを纏い、母が20代の時に着ていたブラウスやバッグを身につけたり…
ヘアースタイルはアンティックドール風に、と注文していた(今となっては赤面)。
ところで、今は古着は絶対に着られない(この変わり様)。

「愛がなくちゃね」
作詞:矢野顕子、ピーター・バラカン(英語詞)
作曲:矢野顕子
編曲:矢野顕子、坂本龍一


どんな事から始まるのかしら

愛だの恋だの そんなようなもの

みんな夢中 そればかり

恋人がいなけりゃ 仲間はずれ

皆んな毎日同じこと話す

同じ服着て 同じテレビ見て

優しそうな男の子 甘いささやき

うらやましくないわけじゃ ないけれど

目の前 ご馳走並ぶ ここらが我慢のしどころ

やっぱり愛がなくちゃね


by atelier-cypres | 2010-11-08 09:35 | 琴線に触れる言葉

悲しくてやりきれない

高校生の頃。アッコちゃんこと矢野顕子さんのアルバム「愛がなくちゃね」を毎日聞いていた・・・。
その中の「悲しくてやりきれない」は特に好きで何度もなんども聴いた。
原曲はザ・フォーク・クルセダーズで、作詞:サトウハチロー 作曲:加藤和彦
でもオリジナルと違うリズムとアレンジそしてテンポが当時の気分にぴったりだった、いや自ら当てはめようとしていたのかも。

ダークグリーンのグラデーションストライブのカーテン、ローズウッドの深茶の壁、焦げ茶の絨毯、スポットライトとピアノ・・・・・あの頃の自分の部屋を思い出す・・この曲。


(なぜか動画の貼り付けが出来ません)

by atelier-cypres | 2010-11-08 09:17 | 琴線に触れる言葉
友達に薦められたモーリス=メルロ・ポンティの著書「目と精神」(仏題 L'oeil et l'esprit)を読んでいると、ギリシャ哲学者、ヘラクレイトスの書いた言葉の引証が目に留まった。

Les éveillés ont un monde unique et commun, mais chacun des dormeurs se retire dans son monde propre.

訳すならば、“目覚めた(覚醒した)者達の世界は一つで共通するものであるが、眠っている者(目覚めていない者)は自分特有の世界に引きこもる”といった意味か。

う~ん。最近同じような事を思うことがあるのだが・・・。果たして同じ意味なのか・・・。

ヘラクレイトスの言葉をウィキペディアで引くと他にも面白いものが見つかった。

~ロゴスはこのようなものとしてあるが、人間はそれを理解しない。

~博識は分別を教えない。

~互いに異なるものからもっとも美しいものが生じる。万物は争いより生じる。

~自然は隠れることをこのむ。


いずれも断片のみ。

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パリ、エッフェル塔よりLe Champs de Marsを望む
by atelier-cypres | 2009-03-04 09:36 | 琴線に触れる言葉

映画鑑賞後記

1年ほど前の映画鑑賞になるが、その日は映画の印象が強すぎて、夜眠ることができなかった。それで書いた感想。すっきりして、その後眠れたのだった・・・。その後の付け足しあり。


「Lettres d’Iwo Jima~硫黄島からの手紙」より
監督:クリント・イーストウッド 製作:スティーブン・スピルバーグ、クリント・イーストウッド
脚本:アイリス・ヤマシタ 音楽:カイル・イーストウッド、マイケル・スティーブンス
出演:渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、中村獅童 他

戦争映画はもう見まいと2002年の「戦場のピアニスト~Le Pianist (ロマン・ポランスキー監督)」を観て以来心に決めていた。好きな俳優とイーストウッド監督の名前に釣られて観てしまったこの映画。アメリカの製作でありながら、台詞は全て日本語。1945年2月19日に始まった日本とサイパンの中間に位置する硫黄島での戦いを描いた作品。7000人のアメリカ人兵士と2万2000人の日本人兵士の死で終わるこの悲惨な戦いの「日本人の気持ち」を、イーストウッド監督はほとんど完璧に描いてみせる。同じ硫黄島での戦いをアメリカの立場で描いた「父親たちの星条旗」に続く第2作目として作られた。

戦後61年目にアメリカ人が日本の立場で太平洋戦争を描いたことは歴史的に意義があると思う。日米両方の兵士とも、戦場に送られるまでは普通の人としての生活があり、愛する家族や親しい人との別れを強いられている点では同じである。人間を殺したい人はどれだけいるだろうか。戦争の勝敗を主に描くのではなく、そこで命を落とす兵士達、また軍の司令官の家族への思いや決死戦への後悔の念、覚悟を描くことで戦争の意味を問うものともなっている。しかし、我々は具体的なシーンを眼にしなければ人の痛みを想像できないのだろうか。内容が史実であるだけに余計悲しくなる。

現在は自衛隊とアメリカ軍基地となっている硫黄島での映画撮影は東京都から1日しか許可が下りなかった。幾つかのシーンを現地ロケした以外はアイスランドの黒い浜辺とロスで撮ったもの。映像はほとんどモノトーンかと思われるほどに色を落としてあるため、戦闘場面などの生々しさが抑えられている。かすかに掛かった色みが美しい。音楽は監督自身の息子、カイル・イーストウッドが手がけている。単律のピアノのメロディで始まる出だしは最大の効果を引き出し、美しくとてつもなく深い。この島で命を落とした兵士達一人一人の魂の重さを表すかのようだ。戦場で使われるメインテーマも命のきらめきのようなものが表現されており、逃げ場のない、しかも「玉砕」で終わらざるを得ない兵士達の運命は無常に残酷に与えられたものであることを如実に示すものとなる。また当時の日本の雰囲気をも含んだメロディ構成に感嘆した。

この映画に構想を与えたのは、「玉砕総指揮官の絵手紙」という著書である。太平洋戦争で硫黄島に陸軍中将として実在した栗林忠道は家族へ沢山の絵手紙を残している。この著書を通し、イーストウッド監督は戦時下にあっても冷静さを失わずに、大変稀な戦略を展開し、5日間で攻略の終わるとされていた硫黄島の攻防を36日間守備し、兵士達を最後まで守ろうとした人物に惹かれたのだった。監督のみならず、脚本家のアイリス・ヤマシタ氏も栗林中将の手紙を読み彼の人間性に目を留め、脚本構成に生かしたという。配役では栗原忠道役の渡辺謙の熱演も良いが、それ以上に若い一等兵西郷を演じる二宮和也の演技がリアルに迫り、感情に訴えるものとなっている。

ところで映画を観終わって、1959年の邦画「野火」を思い出した。(大岡昇平原作、市川昆監督、船越英二、--残念ながら先日他界された--、主演の作品)昭和19年にフィリピンのレイテ島で最後の防衛線を張っていた大岡昇平自身の体験が基になっている。この二つの映画は時期と状況が同じであるだけでなく、それをアメリカ人と日本人の二人の監督が同じような目線で描いている点も共通している。極限状態に置かれた人間がみせる尊厳が描けている点に於いてもである。大岡昇平はこう語っている。
「私はレイテ戦闘記を詳細に書くことが戦って死んだ者の霊を慰める唯一のものだと思っている。それが私にできる唯一のことだからである。」

一旦は後悔した映画鑑賞だったのだが、日に日にやはり観て良かったと思えてくる。戦争を知らない私が持つことのできる厭戦争感は、この先絶対に繰り返したくないという意味でまた愚かな歴史を嫌悪し、悪とする過程で起こるものだが、実際に戦争を体験した人は(人間の極限を目の当たりにし、あるいは自分が無くなり、判断も出来ない恐怖を感じ・・・)戦争とはどういう事なのか幾重にも群がる意識層で知っている。彼らの経験を映画鑑賞ということで追体験することによってのみそれは知りうるものだと改めて認識した。

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エクス・サン・プロヴァンスのある映画館はこんなにバロックな内装・・です。
by atelier-cypres | 2008-02-05 19:18 | 琴線に触れる言葉

海からの贈り物 より

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この本に出会ったのは、まだ子供が4歳になったばかりで手のかかる頃。病気の友達を見舞うために京都まで1泊の旅行をした。子供は両親に預けて。

見舞いを終えて帰途2時間の新幹線での移動中に読むために京都駅で手にした。

そのときの私に最も必要とする考察があり、共感できた。

あれから2年以上がたったが、再度読み返してみて心に残る言葉を抜粋してみよう。

「海からの贈り物」 アン・モロウ・リンドバーグ著/吉田健一訳 より

女はいつも自分をこぼしている。そして、子供、男、また社会を養うために与え続けるのが女の役目であるならば、女はどうすrば満たされるのだろうか。い心地よさそうに掌に納まり、美しい螺旋を描く、この小さなつめた貝が答えてくれる----。
有名飛行士の妻として、そして、自らも女性飛行家の草分けとして活躍した著者が、離島に滞在し、女の幸せについて考える。


・・・頭に起きたこういう無意識の波が、意識の白い、滑らかな砂の上に偶然にどんな宝を、どんなに見事に磨き立てられた小石を、或いは海のそこにあるどんな珍しい貝を投げ出すが解らない。・・・・・しかしそれをこっちから探そうとしてはならないし、ましてそれが欲しさに砂を掘り返したりすることは許されない。海の底を網で漁るようなことをするのはここでは禁物で、そういうやり方で目的を達することはできない。海は物欲しげなものや、欲張りや、焦っているものには何も与えなくて、地面を掘りくり返して宝ものを探すというのはせっかちであり、欲張りであるのみならず、信仰がないことを示す。忍耐が第一であることを海は我々に教える。

・・・しかし私は何よりも先に、---こういう他の望みもそこをめざしているという意味で、----私自身と調和した状態でいたい。私は今言ったような義務や仕事に私の最善を尽くすために、ものをはっきり見て、邪念に悩まされず、私の生活の中心に或るしっかりした軸があることを望んでいる。要するに、----聖者たちの言葉を借りるならば、----私はなるべく「恩寵とともに」ある状態で生きて行きたいのである。

女は本能的に自分を与えることを望んでいて、・・・・・与えるのに意味があれば、それほど自分が減らされるということがない。与えるということの自然な形式がそれなので、そうして与えることで減らされた分が新たに加えられるようなのである。


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by atelier-cypres | 2007-01-31 23:06 | 琴線に触れる言葉